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東京地方裁判所 昭和35年(行)59号 判決 1962年12月21日

判   決

東京都新宿区若葉町二丁目二番地

原告

宗教法人東福院

右代表者代表役員

杉本良智

右訴訟代理人弁護士

太田金次郎

池谷四郎

東京都千代田区霞ケ関二丁目厚生省内

被告厚生大臣

西村英一

右指定代理人

家弓吉已

佐藤恵三

為藤隆弘

今野恒雄

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨及び原因として別紙訴状のとおり陳述し

被告の本案前の抗弁に対し別紙反論のとおり陳述し、なお原告主張の慣習の存在について別紙書面(一)のとおり陳述した。

被告指定代理人は答弁として、別紙答弁書のとおり陳述し、本件通達を出すに至つた経緯として別紙書面(二)のとおり陳述し、墓地埋葬に関する法令、回答、通達等が原告主張のとおりであること原告が檀、信徒のみの埋葬をなしていること、は認めるが、原告主張の慣習の存在は不知と述べた。

証拠≪省略≫

〔訴  状〕

請求の趣旨

被告は昭和三十五年三月八日付衛環発第八号厚生省公衆衛生部長発各都道府県指定都市衛生主管部(局)長宛「墓地埋葬等に関する法律第十三条の解釈について」の通達中「宗教団体の経営する墓地についてその管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むことは別添昭和三十五年二月十五日の法制局一発第一号法制局第一部長から厚生省公衆衛生局長宛になされた回答を援用して依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは「正当の理由」とは認められないであろうという趣旨はこれを取消せ

訴訟費用は被告の負担とする。

との御判決を求める。

請求の原因

第一  原告寺院の性質

(1)  原告寺院は肩書地に事務所を有し、宗教法人新義真言宗の包括内にある宗教法人法に基く宗教法人として昭和廿八年十一月四日設立登記を経たもので「阿弥陀如来を本尊とし、大伝法院根来寺を租廟と仰ぎ釈迦如来、弘法大師、興教大師の垂訓により密厳、新人の教風を弘め儀式行事を行ない、信者を教化育成しその他目的達成のため業務事業を行なう」を目的とし住職杉本良智が代表役員に就任中である。

(2)  原告東福院の沿革は今より三百八十五年前天正三年当時(西紀一五六七年)祐賢上人開山にかゝる真言宗寺院で民法施行前も施行法第二十八条の法人であり、昭和十七年宗教団体法により同法に基く法人として設立前法人の権利義務を承継し、昭和二十一年宗教法人令により同令に基く法人として設立前法人の権利義務を承継し、昭和廿八年宗教法人法により同法に基く法人として設立前法人の権利義務を承継して今日に到つた寺院であるところ、特質としては、開山以来立教開宗の本義に従がい、宗派上の独立を維持し、寺有墓地として肩書地に二筆計一〇〇坪余の墓地を有し、代表役員住職杉本良智においてこれを管理しており、原告寺院の祖徒たる身分を有する者に限り、各所定地積を当該祖徒よりの申出により遺体または焼骨の埋葬または埋蔵に充てさせているものである。

第二  昭和二十三年五月三十一日法律第四十八号墓地埋葬等に関する法律第十三条には

「墓地、納骨堂又は火葬場の経営者は、埋葬埋蔵、収蔵又は火葬の求めを受けたときは、正当の理由がなければこれを拒んではならない」と定めてあるところ、右法律が制定されるまで多くの仏教寺院がその寺有墓地を管理するにあたり、宗派を異にする者からの埋葬埋蔵請求に対しては墓地管理者は宗派宗旨相違に基き埋葬請求拒絶をすることができる別段の習慣が従来から存在するものとして処理されていたもので同法案中第十三条の「正当なる理由」の解釈につき制定当時の政府委員は左の如く解すべきものと説明した。

昭和二十三年五月二十七日政府委員厚生技官公衆衛生局長三木行治は参議院厚生委員会において同法案の説明をなして「第十三条正当なる理由とは、一般社会通念として認められる慣行をも含む」ことを明かにし、又厚生省は制定直後その解釈の基準について、昭和二四年六月三十日東京都衛生局長の伺に対し、昭和二十四年八月二十二日衛環発第八八号により東京都衛生局長あての厚生省環境衛生課長回答を以て

「その墓地または納骨堂において、従来から異教徒の埋、収蔵を取扱つていない場合で、その仏教宗教的感情を、著しく害うおそれのある場合には法律第十三条の正当の理由があるとして拒んでも差支えない」

としたのである。

爾来同法第十三条正当理由の解釈は、昭和三十五年三月初まで前示回答の趣旨のとおり実施され来たり、宗派の独立を維持してきた仏教寺院殊に原告寺院においても、天正三年以後三百八十五年来厳然として宗派の独立と、伝統を守り祖徒以外の者よりの遺体焼骨の埋葬埋蔵を受諾した事例なく十一年間無事寺院運営を継続してきたのである。

第三  本訴の対象とする行政処分の性質を有する厚生省の通達の内容

(1)  昭和三十五年三月八日厚生省公衆衛生局環境衛生部長より各都道府県指定都市衛生主管部(局)長あて衛環発第八号の通達を以て

「墓地、埋葬等に関する法律第十三条の解釈について」

「最近、宗教団体の経営する墓地について、その墓地の管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し、請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むという事例が各地に生じているが、この問題が国民の宗教的感情に密接な関連を有するものであるとともに、公衆衛生の見地から好ましからざる事態の生ずることも予想されることにかんがみ、これについての墓地、埋葬等に関する法律第十三条の解釈をこの際明確ならしめるため、先般別紙(一)により内閣法制局に対し照会を発したところこのたび別紙(二)のとおり回答があつた。従つて今後はこの回答の趣旨に沿つて、解釈運用することとしたので、貴都道府県(指定都市)においても遺憾のないよう処理されたい。なお、これに伴ない墓地、埋葬等に関する法律第十三条について(昭和二四年八月二二日衛環発第八八号東京都衛生局長あて厚生省環境衛生課長回答)は廃止する」ものとした。

(2)  右通達の別紙(一)は昭和三四年十二月二四日厚生省公衆衛生局長尾村偉久から内閣法制局第一部長山内一夫宛墓地埋葬等に関する法律第十三条の解釈につき疑義ありとして意見を求めたもので全文は左の如くである。

「墓地、埋葬等に関する法律(昭和二十三年法律第四十八号)第十三条においては、墓地、納骨堂又は火葬場の管理者は、埋葬、埋蔵、収蔵又は火葬の求めを受けたとき正当の理由がなければ、これを拒んではならない旨規定されているが、最近にいたり宗教団体の経営する墓地の管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し、請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むという事例が各地に生じている。この場合、当該管理者の行なつた埋葬又は埋蔵の請求に対する拒否は、正当の理由に基くものと解してさしつかえないか。また、埋葬又に埋蔵の請求者が、当該墓地の区域内に、先祖伝来の墳墓を有しているときと、これを有しないとでは、その解釈上相違があるか」

(3)  右通達の別紙(二)の回答は昭和三五年二月十五日法制局一発第一号法制局第一部長から厚生省公衆衛生局長宛になされた回答で即ち次の如くである。

「墓地、埋葬等に関する法律(昭和二十三年法律第四十八号、以下単に「法」という。)第十三条は「墓地、納骨堂又は火葬場の管理者は、埋葬、埋蔵、収蔵又は火葬の求めを受けたときは、正当の理由がなければ拒んではならない」旨を規定するとともに、本条の規定に違反した者は、法第二十一条第一号の規定により刑に処するものとされている。墓地、納骨堂又は火葬場の管理者に対してこのような制限が課されているのは、管理者がこのような求めをみだりに拒否することが許されるとすれば、埋葬(法第二条第一項)、埋蔵、収蔵又は火葬(法第二条第二項)の施行が困難におちいる結果、死体の処理について遺族その他の関係者の死者に対する感情を著しくそこなうとともに、公衆衛上の支障をきたし、ひいては公共の福祉に反する事態を招くおそれのあることにかんがみ(法第一条参照)、このような事態の発生を未然に阻止しようとする趣旨に基づくものであろう。このような立法趣旨に照らせば、お示しのように宗教団体がその経営者である場合に、その経営する墓地に他の宗教団体の信者が埋葬又は埋蔵を求めたときに、依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは「正当の理由」によるものとはとうてい認められないであろう。

ただ、ここで注意しなければならないのは、ここにいう埋葬又は埋蔵とは、その語義に徴しても明らかなように(法第二条第一項参照)、死体又は焼骨を土中に埋める行為――この行為が社会の常識上要求される程度の丁重さをもつてなされることは、当然であるが――を指す趣旨であつて、埋葬又は埋蔵の施行に際し行なはれることの多い宗派的典礼をもここにいう埋葬又は埋蔵の観念に含まれるものと解すべきではない。すなわち、法第十三条は、あくまでも埋葬又は埋蔵行為自体について依頼者の求めを一般に拒んではならない旨を規定したにとどまり、埋葬又は埋蔵の施行に関する典礼の方式についてまでも、依頼者の一方的な要求に応ずべき旨を定めたものと解すべきではない。いいかえれば、このような典礼の方式は、本条の直接関知しないところであつて、もつぱら当該土地について権原を有する者としての資格における墓地の経営者と依頼者との間の同意によつて決定すべきことがらである。したがつて、宗教団体が墓地を経営する場合に、当該宗教団体がその経営者である墓地の管理者が埋葬又は埋蔵の方式について当該宗派の典礼によるべき旨を定めることはもちろん許されようから、他の宗教団体の信者たる依頼者が自己の属する宗派の典礼によるべきことを固執しても、こういう場合の墓地の管理者は、典礼方式に関する限り、依頼者の要求に応ずる義務はないといわなければならない。そして、両者が典礼方式に関する自己の主張を譲らない場合には、結局依頼者としては、いつたん行なつた埋葬又は埋蔵の求めを撤回することを余儀なくされようが、このような事実は、さきに述べたように法第十三条とは別段のかかわりがないとみるべきである。」

第四  前項通達の性質及びその違法性

(一)  前項通達は、墓地埋葬等に関する法律制定の際における政府委員の提案理由説明の公約である「一般社会通念として認められる慣行の尊重」ということを無視したものである。

法律制定の際における、政府委員の提案理由の説明は、勿論成文法の一部の如く明確に付加された文言とは異るけれども当該法条の文詞の意味を理解するにあたり、ことさら詳細緻密な言辞を羅列しなくても、現実に提出された法律案における法条の文詞の表現の程度で、政府委員が説明するような結論が、解釈上導き出されるという主旨であり、その考え方を理解して議会が同意したのである。

従つて当該法律案が法律として制定公布された後においても、成文法だけが自由に独走して、法律案制定当時の提案理由と反対の意味をも包含するものであるかの如く拡張解釈することとは法文解釈を誤つたものである。

右の法律解釈の態度は、法条に対する勿論解釈の態度は、法条に対する勿論解釈として、当然その結論に到達しなければならぬものであるから、若し行政上これと異なつた制度の出現の必要を感じた場合には、別段の立法措置を待つてその必要を充たすべきであり、単に行政庁の一部局課長の独断をもつて、任意に変更し、然かも罰則を伴なつている強行方を各都道府県指定都市に命じ、対象たる仏教寺院に潰滅的損害を与えたのは違法の通達であると信ずる。

宗教法人法上の宗教法人であつて、寺有墓地を管理している仏教寺院は当該寺院の教義を信仰する祖徒を宗教団体の構成員として法人が成立しているのである。各仏教寺院は原則として国家から何等の特権をも与えられていないことは憲法第二十条第一項の明示しているところであつて、仏教寺院は団体構成員である祖徒信徒の経済的護持によつてのみ運営されているのが通例で原告寺院もまたこれと同様である。その結果として各仏教寺院が寺有墓地の運営については当然信仰内容を同じくする祖徒信徒のみを対象とし、祖徒信徒よりの遺体または焼骨の埋葬埋蔵に限り寺有墓地を用いて安眼永住の域に供するものである。

右の如き状態が原告寺院においては天正三年祐賢上人御開山以来持続して来た伝統であつて、一般社会通念上認められてきた慣行であるにも拘らず、今や本訴の目的たる通達の押付けにより信仰内容を異にする上、原告寺院の団体構成員でない者からの埋葬埋蔵要求をも忍受しなければならぬことを命じ、もし拒否すれば同法第二十一条第一項第一号の適用をもつて強制するものであるから極めて違法なる行政処分である。

(3) 本訴の対象たる通達は厚生省公衆衛生局環境衛生部長から各都道府県指定都市衛生主管部(局)長に対しなされたもので、直接原告寺院に対する行政処分ではないかの如く見えるのであるが、右通達の実体は単なる通達に止まらず「今後はこの回答の趣旨に沿つて解釈運用することとしたので貴都道府県(指定都市)においても遺憾のないよう処理されたい」とし従来厚生省が是認して来た同法第十三条の正当理由に関する回答を廃止したので、右通達の相手方たる都道府県指定都市は直ちに此通達の内容に従つて各仏教寺院の寺院運営方針の変更を迫り、またその罰則の適用についても各警察署に取締り摘発方を通知している状態であり、原告寺院も右通達のため古来の寺院運営方針の変更を、罰則を以て強行される結果となつているものであり、仏教寺院の有する墓地所有権を侵害するものである。なお、本件係争通達は当該寺院の寺有墓地に関する限り当該寺院の祖徒の信教自由権を侵害するものである。

国民がその信奉する宗教的教義によつて、祖先から伝承して、宗教団体たる仏教寺院に対する帰依に依り祖徒となつて宗教団体の構成員となりて法人格形成に参加し、当該寺院の運営を扶け外護の務を尽くし、現世の生存を終りたる後は、古来相承せる同宗同派同門の仏弟子たち相寄り相集まつて永眼するため、当該寺院の墓地積内に安楽永眼の場を求めることは、祖徒たる国民自身の信教自由権の根本的な内容であつて、かくの如き要望は健全な国民の大部分が平素抱懐する基本的な念願である。この場合に若し本訴係争通達によつて、国民たる祖徒が生存を終りて後、信仰内容を異にする祖徒関係存在せざる第三者と雑然混沌と入り混じりて埋葬埋蔵せられ、無限の永世の後までもそのままで固定かつ放置せられるが如きは死後における平静安楽の期待を踏みにじるもので憲法第二十条の規定する信教自由権に対する侵害となるものと信ずる。

第五  原告寺院の通達を知りたる時期及び被りたる損害

(1)  原告寺院代表役員が右通達を知りたる時期は昭和三十五年三月十九日東京都下に刊行された新聞の報道によつて知つたものである。

(2)  原告寺院の被りたる損害は前記第五の(2)(3)の如く一般社会通念として認められている慣行に反する寺院運営方を強制され宗派の独立を混乱破壊されようとすることにあり、もしこれを阻止して応じないときは罰則の適用を以つて強制され若し当該住職に対し有罪の判決が在つたときは執行猶予の有無に拘らず住職の聖位を退任しなければならぬこととなるので損害を被る危険多大である。

(3)  原告寺院が具体的に被つた損害としては左の事実がある。

前掲第四の(3)後段を見ると内閣制局第一部長山内一夫は、このように回答しても埋葬埋蔵に際して行なう典礼について仏教寺院墓地管理者と埋葬埋蔵申入者との間に話合の成立することを期待しているものの如くであるが、実際の紛争はもつと非協調的破壊的なものである。

原告寺院の旧祖徒で昭和三十五年二月中原告寺院に不帰依を表明し祖徒関係を離脱し創価学会に入会した訴外北本寅之助は祖徒関係を脱退しながら墓地についてのみ使用関係存続を主張するので原告は承認を与えなかつた所、新聞報道に先達つて本通達のなされたことを知る機会を得た創価学会員の共同行為をもつて昭和三十五年三月十八日原告の承認を経ないで無典礼のまま埋蔵し去つたのである。典礼はキリスト教用語で仏教用語でないが法制局回答の裏を窺い典礼を用いない埋葬埋蔵は右回答の制約を受けないとしてその理論の間隙をついた計画的な所為であり、本件通達により被りたる具体的損害である。なお右の外他寺院については四谷警察署小岩警察署に対し通達に理由をかりた告訴事件が出ている状態であるが、右はいづれも本通達に基く仏教寺院の被害である。

以上の如き理由により本訴を提起する。

〔別紙書面(一)〕

第一寺有墓地の管理については法令第二条に依り認められたる『各自の属する宗教の宗義に従つて死者を葬らねばならぬ』という慣習法上の原則が存在している旨の主張

一『昭和二一年九月三日内務省発警発第八五号。内務省警保局長厚生省衛生局長発。警視総監、地方長官宛「墓地の新設に関する件」依命通牒』の本文には『一、現在ある共同墓地については総て宗教の信者は各自の宗教の宗義に従つて死者を葬らねばならぬという原則に従つて墓域内に各派毎に整然たる区別を設け神道仏道キリスト教等信者の埋葬に支障なからしむること」との行政指示があつて墓地の使用については、独り仏教寺院のみに止まらず総ての宗教の信者は、各自の属する宗教の宗義に従つて死者を葬らねばならないという原則の存在していたことを確認している。

(1)  右の原則は神道仏道キリスト教その他の宗教に共通のものである。ただ憲法第二〇条の信教の自由は、宗教を否定するという自由をも包含するから宗教を否定して寺檀関係を離脱したる者に対しては適用されないに止まる。

(2)  右の原則は古来各宗教特に仏教寺院における寺院管理墓地積の供用上行なわれてきた宗教慣習上の原則である。

(3)  この宗教慣習上行なわれてきた原則は前掲依命通牒以前から存在していたものを右通牒が再確認の上適正なものとしてこれに従がうべきことを命じたものである。

(4)  前述「各自の宗教の宗義に従つて死者を葬らねばならない」という慣習は「各自が当該寺院と寺檀関係を離脱した場合」の外は公の秩序善良の風俗に反しないもので、法令の規定即ち墓地埋葬等取締規則施行細目標準第三条の規定により認められた謂わゆる別段の慣習であるから法令第二条により法律と同一の効力を有した慣習である。

二右の依命通牒は当該行政官庁の最高責任者である内務大臣及び厚生大臣が認容し決裁の上、警保局長衛生局長がその命に従つてその趣旨を明示した通牒である。ただその時期は墓地埋葬等に関する法律公布の昭和二三年五月三一日以前ではあるが、新に公布された法律の立法精神も従来の法令規整を承継したものであることが政府委員説明により明にされているばかりでなく、被告厚生省自ら新法制定後においても、墓地に対する管理権行使については依然として「各自の宗教の宗義に従つて死者を葬らねばならぬ」慣習の存在を認めこれを尊重すべきことを命じているのである。

従つて旧明治一七年内務省令乙第四〇号墓地及埋葬取締規則施行細目標準第三条の法の規整内容は墓地埋葬等に関する法律第十三条によつて承継せられたるものと解さねばならないものであるから、同条の規定を以て法令第二条に言う「法令の規定に依りて認めたるもの」と解さねばならない。

右同法第一三条中慣習優先に関する字句を欠くことは不備の嫌なきを得ないが、法典起草提案した政府が法案審議の過程においてその趣旨を釈明している処からこのように論断することを正当と信ずる。

三同法制定後『昭和二三年九月一三日厚生省衛生発第九号厚生次官発、各都道府県知事宛(墓地埋葬等に関する法律の施行に関する件)依命通知』が発せられ同法制定後も慣習尊重については従来の変る処なく昭和二一年の依命通牒に依るべきことを明示しているのである。

(1)  即ち新法後の右通知の前文には『墓地納骨堂火葬場の管理及び埋葬火葬等に関しては従来明治一七年太政官布達第二五号墓地及埋葬取締規則。同年内務省達乙第四〇号墓地及埋葬取締規則細目標準明治一七年太政官達第八二号墓地及埋葬取締規則に違反者処分の件及び昭和二二年四月一五日厚生省令第九号埋火葬の認許等に関する件等の法令に基きそれぞれの事務を遂行されてきたのであるがこれ等の法令は、昭和二二年法律第七二号日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力に関する法律の規定により改廃の措置を講じなければならないことになつたので、これ等従来の法令に代わるものとして本法は制定されたものである。そもそも人の死に係るこれ等の法令は一面公衆衛生の見地よりその指導等取締の徹底を期する必要があるのであるが、他面その執行の適否は国民の宗教感情に至大の関係があるのに鑑み左記事項に特に留意の上本法施行に遺憾なきを期せられたく命によつて通知する。』

右依命通知も厚生省最高責任者たる厚生大臣が認めて決済の上厚生次官が都道府県知事に対し発した通知で、詳わしく旧法令を列記し「これ等従来の法令に代わるものとして本法は制定された」と明言し他日に到り第十三条の立法趣旨が誤解され旧法改廃の実質的措置が採られたのではないかと後人を誤まらせることのないよう、被告自から行政庁の法解釈上における優越的立場においてこれを解明しているのである。

(2)  右依命通知は更に慣習尊重の方針を明らかにするため通知の本文末尾には『五、墓地の新設等については「墓地の新設に関する件依命通牒」(昭和二一年九月三日内務省警保、厚生省衛生、両局長通牒)の趣旨に基き実施することと』明確に指導し併わせて、昭和二一年九月三日の依命通牒に言う「各自の宗教の宗義に従つて死者を葬らなければならぬ原則」は墓地埋葬等に関する法律制定以後においても従来と少しも変化なく慣習通り新法制定後もその原則を尊重すべきものとしたものである。従つて法例第二条に言う「法令の規定により認めたるもの」として、新法第一三条を理解することが正しいと信ずる。従つて本訴通達当時においても墓地法制上この慣習法が存在したことは明白疑を容れない。

〔別紙反論〕

(一) 被告は本訴通達は『基地埋葬等に関する法律の適用に当り、右環境衛生部長が、各都道府県指定都市の衛生主管部局長に対し、その管下の職員に対し、その事務処理上右法律第一三条の解釈上留意すべき標準を一般的抽象的に指示したものにすぎないものであるから、単にそれだけでは原告の具体的な権利義務又は法律関係に直接何等の関係ないものである』旨を主張し、その理由に基き『不適法な訴として却下されるべきもの』とされるのであるが、本訴通達の性質を検討するときは、これは行政官庁に対する単純な内部的な意思表示だなどと言い得られるものではない。

本訴通達の性質は、一般統治権に基き、行政官庁が人民に対し受認の義務を命じているのが本来の実体である。学者の謂わゆる行政官庁になした指示(田中二郎氏行政法総論三〇二頁以下)に該当するものであつて、「自から墓地所有権を有して、自からこれを管理する仏教寺院」に対して、第三者からの埋葬埋蔵の申出がある場合には、当該第三者に正当権限が在ろうと無かろうと、また祖徒関係を解消離脱して、宗教的には当該寺院の壊滅を叫んで対立反目する者であつても、すべて「当該請求を受けた寺院」は、当該第三者の請求を受認すべき義務る命ずる命令を指示しているものである。

(二) この指示は厚生省公衆衛生局環境衛生課と言う行政機関から、全国都道府県指定都市衛生主管部局長と言う行政機関に対し所掌事務である法第十三条の正当拒絶権行使制圧に関する方針並に取扱方を示めして、これにより、仏教各寺院に対し、その寺有墓地を管理する上において、新らしい制圧方針を実施させることを命ずる場合であるから、たとえ通達そのものが原告寺院その他個々の寺院毎に対しなされた通知ではなかつたとしても都道府県指定都市衛生主管部局長はもとより、各警察署も一応新通達を優越的に法そのものであるとして従わねばならないから、仏教寺院は正当拒絶権の行使については、行政上なに等の保護を受けられない立場に逢著しているものである。被告が漫然と考えているように、行政官庁相互間における内部的な意思の通達で、民間には直接影響しないなどと言うなまやさしい事態ではない。事態は悲しいかな緊急にして然かも切迫しており、仏教寺院は爾来無典礼埋葬行為の攻撃多発のため、宗流の独立は漸やく混乱に陥りつつある、これひとえに厚生省の思慮浅き新通達によつて惹起されている救うべからざる損害である。

(三) 本訴通達が存する以上、その本質が違法の行政行為であつても、権限ある国家機関がこれを取消すまでは、一応適法なものとの推定を受けなければならない。従つて都道府県指定都市衛生主管部局長は言うまでもなく、一般警察署もその法解釈を否定することができない。仏教寺院は民間の宗教的法人であつて法治国民の遵法精神尊重の立場から言つても此法解釈を受認しなければならない。それは行政行為の拘束力とは別に考えられる謂わゆる拘束力のあることの承認を強要する公定力を有するからである。

さらに強調したいことは、埋葬または埋蔵要求がなされた際に、警察署或は衛生主管部局長が新通達に示めされた法解釈を支持した場合、仏教寺院が時態茲に到らなければ行政訴訟の提起が許されないというような迂遠な考えを採用していたら、実力による無典礼埋葬、埋蔵はその仕事を終つてしまうであろうから、仏教寺院は行政事件訴訟特例法の恩恵を受けて権利保護を求めるような機会を失なう惧がある。

(四) 行政行為とは法律のもとにおいて、法律に従がい、行政機関が或る特定事項について、何が法であるかを定めるための優越的な意思発動である。

(イ) 行政行為は法の下に法の具体化又は執行として行なわれる行為であるが、同法第十三条の正当拒絶権の事実内容につきそのある事実に対し正当性を認めたりまたその正当性を変更して否定したりすることは、本来純粋の法律問題で行政官庁の自由裁量、便宜裁量によつて決せられるべきものではない、自由裁量に属する限り司法裁判所はこれを審理することができないが、同法第十三条の文詞自体を検討しても、解釈上の疑義に対し行政庁の自由な判断に一任すると言う趣旨は些かもない、また法文の解釈上の疑義につき、行政庁の裁量が、法の解釈適用に関する法律判断となるものと解せられるべき法の準則は存在しないから謂わゆる行政庁の覊束裁量行為とは考えられない。

(ロ) 法律的行政行為は、特定の相手方に対し権利義務の得喪変更を生ずる場合を言うのであるから「本訴通達のごときは行政機関相互間の内部の通達に止まるもので一般的抽象的の行為たるに過ぎない」と考えられるか否かを検討することにする。一般的抽象的な行為であつても機関相互間における内部的な決定であつても、それが優越的な意思発動として為されるときは行政処分と言い得るものである。本訴通達は新らしい解釈の内容を優越的意思発動として拘束し公定し、従来是認せられた正当拒絶権成立の事実内容を優越的意思発動として廃止したものであるから行政処分たること疑ない。

(ハ) この点から考えても本訴係争通達が抽象的であり一般的であると言うことは許されない。厚生省昭和二四年八月二二日衛環発第八八号東京都衛生局長あて厚生省環境衛生課長回答を将来に向つて廃止したものであるから此点においては明白に具体的であつて抽象的であると言うことは許されない。

また本訴通達が引用している昭和二四年十二月二四日厚生省公衆衛生局に対し意見を求めている文詞には、「最近にいたり宗教団体の経営する墓地の管理者が埋葬又は埋蔵の請求に対し」と言つているが、従来は宗流の独立が保護され、埋葬埋蔵請求も相互理解の上に立つて紛争なく処理されていたものが、近年に到り創価学会の旧仏教寺院に対する闘争手段として請求者側から俄然問題を起こしているもので、墓地管理者側が近年態度を改変して埋葬埋蔵請求を拒絶するに到つたものではない。事案の本質を確保して右伺及回答並に本訴通達との理論的結合を審査すれば、本訴通達は寺有墓地を管理する仏教寺院に目標を置いて然る後考案し検討し為されたる行政処分であるから対策は特定しており決して一般であると考えられるべきものではない。即ち寺有墓地管理仏教寺院に対し不当な埋葬埋蔵請求を受認すべきことを命じたる指示であつて原告寺院もその拘束力公定力の下におかれているものである。

(ニ) 墓地埋葬等に関する法律は明治十七年太政官布達第二十五号墓地及埋葬取締規則その他の法令を一括して規整されたものである取締と言うことは執行力を付与したことである。取締云々と言うことは執行を命じていることで、行政強制の効力を伴なつているものである。

被告は行政機関相互の間における内部の通達で原告に関係がないように錯覚しているが、行政強制の効力が伴なつている以上原告は従来不当として拒絶することが認められた第三者の埋葬埋蔵請求に対し一応は受認を強制されているのである。決して原告が意思決定の自由を保障されて、自由な判断のもとに右請求に対し許否の態度を決する途が与えられているものでなく、すべて新通達に服し不当請求受認を余儀なくされているのである。

(ホ) 若し原告が第三者からの不当埋葬埋蔵請求に対して、断乎これに応じなかつた場合には、原告の拒絶は、必らずや一応同法第十三条違反として起訴せらるゝに到る場合が予想できるのである。刑事公判廷において裁判所の判断を受ける権利が残されていることは、憲法、刑事訴訟法の定めるところであるけれども、被告が言うように行政機関内部の意思表示で外部にはなに等影響が生じないとか、執行機関の処分が起つてから出訴すべきものであるなどと言う間違つた議論は許されない。刑事訴追の如きは此場合の執行機関の処分であろうが刑事の訴追に対し法解釈の見解の相違を理由に行政訴訟を提起することなどは許されない。

〔答 弁 書〕

請求の趣旨に対する本案前の答弁

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

理由

一 本訴は、法律上の争訟でない事項について裁判を求める不適法な訴である。

わが国の裁判所は、日本国憲法に特別の定めのある場合を除いて、一切の「法律上の争訟」を裁判する権限を有するものである(裁判所法第三条第一項)が、この司法権の対象となる「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争であつて、且つそれが法律の適用によつて終局的に解決し得べきものであることを要する。ところで原告が本訴において請求されるところは、被告厚生大臣は昭和三五年三月八日付循環発第八号厚生省公衆衛生局環境衛生部長発各都道府県指定都市衛生主管部(局)長宛「墓地埋葬等に関する法律第一三条の解釈について」の通達中「宗教団体の経営する墓地についてその管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むことは別添昭和三五年二月一五日の法制局一発第一号法制局第一部長から厚生省公衆衛生局長宛になされた回答を援用して、依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは正当の理由とは認められないであろう」という趣旨を取消せ、というのであるが前記昭和三五年三月八日付通達は墓地埋葬等に関する法律の適用に当り、右環境衛生部長が各都道府県指定都市の衛生主管部(局)長に対し、その管下の職員に対し、その事務処理上右法律第一三条の解釈上留意すべき標準を一般的抽象的に指示したものにすぎないものであるから、単にそれだけでは原告の具体的な権利義務又は法律関係に直接何等の関係もないものである。従つて右通達を争う本訴は、当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争ではないから、裁判事項に属さない事項について裁判を求める不適法な訴として却下されるべきである。

二 右通達は、いづれも行政訴訟の対象となる行政処分ではない。そもそも行政訴訟の対象となる行政処分は、行政庁が優越的な意思の発動として個人に対して対外的に行なう公法上の単独行為であつて、これによつてこれ等の者の具体的な権利義務又は法律関係に法律上の効果を及ぼすものであることを要する。しかるに右通達は前述したとおり行政庁内部における事務処理の必要上、前同法第一三条の解釈の標準を一般的抽象的に指示したものにすぎず、行政庁が直接原告に対して行なつた対外的行為ではない。従つて右通達自体によつて原告の権利義務又は法律関係に直接何等の効果を及ぼすものではない。すなわち、仮りに右通達が原告主張のとおり違法な内容のものであるとしても右通達に基き何等かの行為が執行機関によつて外部に表示されその結果、原告の具体的な権利義務又は法律関係に変動を生じた場合に、はじめてその外部に表示された行政処分自体の違法を争い訴を提起することが出来るのである。従つて右通達は、行政訴訟の対象となる行政処分ではないから、これが取消を求める本訴は不適法な訴として却下さるべきである。

なお、原告は「原告寺院も右通達のため古来の寺院運営方針の変更を、罰則をもつて強行される結果となつているものであるから、右通達は行政処分としての性質を有する」旨を主張される。しかしながら墓地埋葬に関する法律第二一条第一号によつて処罰されるのは、墓地、納骨堂又は火葬場の管理者が、同法第一三条の「正当な理由がなく拒んだ」場合に適用されるのであるが、処罰するか否かにつき、右の点の判断は専ら刑事訴訟において司法官憲の公的判断を経て始めて確定されるのであつて、その場合、右通達が、司法官憲の判断を排除したり、また司法官憲の公的判断を拘束する効力を有するものでないことは当然の事理であるから、原告が、罰則が適用される慮れがある右通達は行政処分と解すべきだ、とする右主張は失当というべきである。

〔別紙書面(二)〕

一 被告が、本件通達を出すに至つた経緯は次のとおりである。

墓地、埋葬等に関する法律は昭和二三年五月三一日法律第四八号により公布施行されたもので、その施行当時、同法第一三条の「正当な理由」とは一般社会通念として認められる慣行をも含むと解していたことは、原告が主張されるとおり、同年五月二七日政府委員三木行治の参議院厚生委員会における説明によつて明らかである。したがつて右法律施行直後の昭和二四年六月三〇日衛公発第二一四一号厚生省公衆衛生局長宛東京都衛生局長の「墓地、埋葬等に関する法律第一三条について」と題する照会に対する同年八月二二日衛環発第八八号東京都衛生局長宛に厚生省環境衛生課長が、前記政府委員三木行治の説明の線に副つて、原告引用のとおりの回答(以下この回答を便宜上、旧通達と称する)がなされたことは当然であつた。

しかしながら、右の旧通達がなされた後に新興宗教である創価学会が抬頭し、年を重ねるにつれ全国的に異常な発展をして既成宗教の信徒の中からも右新興宗教に改宗する者が続出し、やがて茲二、三年来、旧通達の予測しなかつた事態が続発するに至つた。すなわち、新興宗教に属する者が、死体の埋葬、焼骨の埋蔵を既成宗教団体の経営する墓地に請求したのに対し、墓地の管理者が右請求に対し、請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むという事例がこれである。

近時、右埋葬等拒否の具体的事案が都道府県等より被告の機関に報告される件数が数多くなるにつれ、この問題が国民の宗教的感情に密接な関連を有すると共に、公衆衛生の見地から好ましからざる事態の生ずることが予想されるところから右法律第一三条の解釈をこの際明確にするために、被告は内閣法制局に照会をしたものである。

二 なお、現在でも全国的に見るならば全死亡人口の四〇%近くの死体を土中に葬る方式がなお行なわれている事が推測されるのであつて、この点からも、墓地等の管理者が埋葬等の請求をみだりに拒否することが許されるとすれば、埋葬等の施行が困難に陥る結果、死体の処理について遺族その他の関係者の死者に対する感情を著しくそこなうと共に、公衆衛生上の支障をきたし、ひいては公共の福祉に反する事態を招くおそれがあるものといわなければならない。

三 原告が、本訴において取消を求められる本件通達は、前記第一、二項記載の如き事情から、昭和三五年三月八日に被告の機関である厚生省公衆衛生局環境衛生部長より各都道府県指定都市衛生主管部(局)長あてに発せられたものであるが、墓地埋葬等に関する法律第一三条の「正当なる理由」の解釈に当り、それが旧通達と若干その内容を異にするところがあるといつても、もともと本件通達は、前記法律の適用に当り、被告の機関である環境衛生部長が、各都道府県指定都市の衛生主管部(局)長に対し、その管下の職員に対し、その事務処理上右法律第一三条の解釈上留意すべき標準を一般的抽象的に指示したものにすぎないのであつて、右の「正当なる理由」の有無は結局は個々の各事案につきその関係者間の民事訴訟又は刑事訴訟において決せられる外ないのであり、従つて本件の如き通達が発せられたからといつてそれはいまだ原告に対しその具体的な権利義務又は法律関係に直接変動を及ぼすが如き処分がなされたこととなるわけのものではないことは、被告がすでに答弁書において詳論したとおりである。

理由

被告が昭和三五年三月八日付で原告主張のとおりの通達を発したことは当事者間に争いがない。原告は右通達の内容は違法であり、これによつて原告の権利に不当の侵害を受けるからその取消を求ると主張し、これに対して被告は右通達は法律の解釈基準を示したもので行政処分ではなく、又右通達によつて原告の具体的な権利義務に直接の法的効果を及ぼすものではないから行政訴訟の対象とならないものと主張する。

本件通達は上級行政官庁から下級行政官庁に対するものであつて一般国民を相手方としてなされたものでないから行政処分とはいえず、原則として行政訴訟の対象になり得ないものであることは被告主張のとおりである。しかしながら右の如き通達であつてもその内容によつて直接具体的な権利義務その他法律上の地位に不当に不利益を受ける者があつた場合には国民の具体的な法律関係に影響を及ぼす内容を規定した法令の場合と同様に不利益を受ける者から右通達の取消を求める行政訴訟を提起することが許されるものと解する。よつて本件通達の持つ法律的効果及びこれによつて原告の権利義務又は法律上の地位にいかなる影響を与えたかについて考慮することとする。

本件通達が発せられるに至つた経過は次のとおりである。

(一)  係争の墓地埋葬法第一三条の解釈として昭和二四年八月二二日被告の東京都衛生局長宛の「従来から異教徒の埋収蔵を取扱つていない場合にはその仏教宗派の宗教的感情を著るしく害うおそれのある場合には同法第一三条の正当の理由があるとして墓地の管理者は埋葬を拒んでも差支えない」旨の回答があり、(右事実は当事者間に争いがない)墓地に対する国民感情又既成の宗教団体の宗派的感情からも右回答の内容と同様な慣習があり、右慣行は正当なものとして一般に認められていた。(右慣行の存在は成立に争ない甲第一、二号証、第三号証の一、二、第一四ないし第四九号証の各一、二、第五一号証の一、二、証人(省略)の証言によつてこれを認めるに足る)

(二)  ところが昭和二七年いわゆる新興宗教として設立登記された創価学会なる宗教法人がその信奉者も次第に数を増し、既成宗教団体との間に勢力争いのような現象が表われ始めたにつれ、既成宗教団体に属する寺院が同派から離脱して創価学会に入会した者に対して既存の慣行に従つてその家族の埋葬を拒む事例が各地に生ずるに至り両者間で墓地の使用又は埋葬についての民事訴訟事件も提起されたりしていたが、埋葬の点については前記慣行があり而も前記回答もあるため創価学会としてはこれを不利なりとし、その信者達が中心となつて右回答は不当なりとして政治的運動としてその取消を被告に要求するに至つた。(右事実は成立に争ない甲第六号証、当裁判所の真正に成立したものと認める甲第七号証の一ないし三、証人(省略)の各証言によつてこれを認めることができる)

(三)  創価学会の信者達からの前記回答の取消の要求は相当強くなされ、これを受けた被告配下の係官は死体の埋葬という公衆衛生の立場から前記回答について検討を要するものと考え事案が宗教にも関することであるのでその主管省である文部省の係官とも連絡協議していたが前記慣行又は国民の信教の自由との関係もあり公衆衛生の面を重視する被告側と宗教上の国民感情慣行を重視する文部省側と必ずしも見解が一致せず結論を出すに至らなかつたところ前記回答の取消を求める運動が強く続けられたので、被告としては何等かの結論を出さざるを得ない情勢となり事案が法律解釈にかゝつているところから法制局に原告主張のとおりの伺を立てるに至つた。(右事実は前記((省略))の証言によつて認めることができる)。

(四)  被告から右伺を受けた法制局では右伺がなされるに至つた経緯は大体推察していたところ、具体的な紛争の解決のための回答は妥当でないと考え主として公衆衛生上の立場に立ちながら信教の自由その他宗教についての国民感情の面も考慮した末被告の伺に対する直接具体的な形でなく、抽象的に而も埋葬又は埋蔵とそれに伴う宗派的典礼とを区別した上で原告主張のとおりの回答をなした。右回答を受けた被告配下の係官は右回答の内容は抽象的であり伺をなした趣旨に対する直接具体的な回答でないのにかゝわらず又その内容から云つても関係官庁である文部省と充分な連絡協議をなすべきであるのにもかゝわらずこれをつくさず、右回答をそのまゝ援用し、昭和二四年八月二二日の回答とは正反対の結果を生ずることを知りながらこれを廃止し、前記慣行を否定する趣旨の本件通達を出した。(右事実も前記各証人の証言及び証人(省略))の証言によつてこれを認めることができる。)

以上の認定事実から判断するに本件通達が出されるまでは自宗派の信者のみの墓地を管理していた原告は(右事実は被告も認めるところである)慣行上、他宗派の者から埋葬を求められることもなく求められてもこれを拒むことができるものと考え又一般もそうした取扱を正当としており、関係行政官庁である被告も右慣行を是認していたところ本件通達が発せられた結果右慣行は否定され反対に宗派を異にすることのみを理由に埋葬を拒むことは法第一三条の正当の理由とはならないとの行政解釈がなされることになつたものいえる。

そして本件通達が出たことを契機として、原告の宗派を離脱して創価学会に入会していた北本寅之助から原告に埋葬の申出があり原告がこれを拒んだところ昭和三五年三月一八日原告の承認なく埋葬を強行された外同様の事例が各地に相当数生じ、従来自宗派の信者のみの墓地を管理して来た各寺院に衝撃をあたえている事実が成立に争ない甲第八号証、第一一第一二号証、証人((省略))の証言及び弁論の全趣旨から認められるから、原告は本件通達によつてそれまでに是認されていた埋葬の拒否権が否定され逆に埋葬の受忍義務を負担するが如き結果になつたものといえる。

しかしながら本件通達の性格内容を検討すると原告主張のようにこれによつて埋葬の受忍義務を生ぜしめたものとは解されない。即ち本件通達の内容自体は、異宗派からの埋葬要求を宗派を異にすることのみを理由として拒むことは墓地埋葬法の精神及び公衆衛生の立場からいつて同法第一三条の正当事由に該らないとの行政解釈を示したにすぎないものであつて、他の事情が存在する場合(たとえば墓地域が狭く異宗派の埋葬をする余地がない場合、異宗派の者が他に埋葬すべき墓地が入手できるにもかかわらず他に企てることがあつてことさらに埋葬要求をする場合等)には依然として異宗派の埋葬を拒む正当の理由があるものと解する余地のあることは右通達によつても否定されていないところというべきである。なお墓地埋葬法第二一条によれば正当の理由がなく埋葬等を拒む所為は犯罪となり、千円以下の罰金、拘留又は科料に処せられるものとされていることは原告の主張するとおりであるが、具体的に異宗派を理由とする埋葬拒否が第一三条の正当事由に該当せず犯罪を構成するか否かの判断は、当該具体的事案において司法権を行使する裁判所の専権に属することがらであつて、裁判所が本件通達に拘束される筋合のものではないから、原告がいうように本件通達により直ちに刑罰の制裁をもつて埋葬の受忍義務を負担させられたと主張するのは当らない。

また原告は慣習法上異宗派を理由とする埋葬拒否権が認められていたのに本件通達でこれが消滅させられたもののように解し直接かつ具体的に法律上の効果を生ずる行政処分であると主張するけれども、前示認定の慣行上の取扱をもつて直ちにそのような実定法上の権利と認むべき根拠は必ずしも充分でないのみならずかりに本件通達が右の取扱を否定するため何等かの形で原告の地位に事実上の不利益が生じるとしてもそれは行政解釈の変更による間接的な影響であつて、直接かつ具体的に原告の権利又は法律上の地位に不利益を与えたものとは解し難いので、原告の右主張も採用できない。

しかしながら本件通達が慣行上正当と認められしかもかつては被告自身その通達によつて正当性を承認されていた原告の地位にたとえ間接的にもせよ事実上の不利益を及ぼすであろうことが容易に窺えるとすれば、(1)被告が本件通達を出すにあたつて従前の回答の経過内容及びその基礎となつた慣行もしくは社会的事情とその変遷を充分考慮し、既存の通達を訂正するにしても必要最小限度にとどめ適用上誤解行き過ぎのないように細心の注意を払つた文言をもつてなすべきであるにもかかわらず(以上のことは被告が当初法制局に伺を出す際に、先祖伝来の墳墓を有するときとそうでないときとを区別して考えていたこと、また法制局からの回答にも特に埋葬または埋蔵とそれに伴う宗派的典礼とを区別しており、右区別をなすこと自体は関係法規の論理解釈として一応は考え得る見解であるとしても、この点はさらに宗教法人に関する所管行政庁である文部省と連絡協議を尽した上で本件通達を出すべきであつたことからいえる)また通達の内容如何によつては創価学会と他の既成宗教団体との間の紛争に利用されることも当然予想できたにもかかわらず、極めて抽象的一般的な文言をもつてなされその限界は必ずしも明確といい難いところがある点、(2)、埋葬拒否を正当と認めた前示通達が出た時からでもすでに一〇年の歳月が経過しており(なおほぼ同旨の行政解釈はすでに古く明治二五年二月五日警視総監名でなされた伺に対する回答に示されていることは甲第一、二号証、第三号証の一、二により明らかである)同通達前のいきさつからみても埋葬拒否についての前示慣行が公序良俗に反しないものとして法的確信にまで高められているとすれば、(しかもことがらは「正当事由」という概括的規定の内容に関することがらであるから一連の行政解釈を通じて斯る法的確信の形成される余地は極めて大きいと解される)本件通達は単に先の通達を廃止するにとどまらず実は慣習法を否定するものとも解する余地があるところ、かりに慣習法の効力(したがつて既得的地位)を否定する社会的必要が生じたとすればそれは法規の形式的効力に関することがらであるから、これを通達によつて処理しようとすることには違法ないし越権のきらいがあること、(3)、のみならず問題となつているところは墓地に対する国家の施策から始まり宗教法人の存立ひいては信教の自由と公共の福祉の理念との調整という憲法の解釈につながる極めて重要な問題を含むこと(たとえば民法第八九七条が墳墓等に関する権利を相続財産から除外し、その承継を第一次的には慣習に委ねていることに徴しても、墳墓に関する権利が国民の宗教感情及び宗教的慣行と切り離すことの難しい問題であることが窺える)を考え合わせると被告が一片の通達により問題を処理しようとしたことは妥当でないとの非難は免れ得ないところというべく、その点において原告の主張するところには一応の理があるけれども、本件の場合はすでに判断したように、本件通達が原告の権利または法律上の地位に直接かつ具体的な不利益を与えたものとして行政訴訟の対象に取り上げることは、少くも現行法上は許されていないものと解するので、結局原告の本訴は不適法として却下すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第三部

裁判長裁判官 石 田 哲 一

裁判官 山 本 和 敏

裁判官下門祥人は転補のため署名捺印できない。

裁判長裁判官 石 田 哲 一

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